京都が嫌われる理由を京都人の私が考えてみる

京都が嫌われる理由を京都人の私が考えてみる

京都が嫌われる理由を考えてみました

京都が嫌われる、といったことが書籍にまとめられるなど、最近は京都に対するポジティブな意見だけでなく、ネガティブな意見も目立つようになってきました。
といっても、ネガティブな事を書いている人自体が京都人ということも少なくないので、そういった書籍を書くこと自体が京都っぽいな…等と感じたりもします。
そこで、私自身が、改めて京都が嫌われる理由について3点ほど考えてみたのでご覧ください。

①京都が一番だと思いすぎている

まず、京都人の多くが持っている一つのプライドが「京都は凄い」という価値観です。これは、特に洛中と呼ばれるエリアにお住まいの方が持たれている傾向があり、洛外の方はこのような意識をあまり持たれていないように思います。
洛中というのは、簡単に言ってしまえば京都の中心エリアのことです、また、洛外というのは京都における郊外(市中の外)を指します。京都では、京都のエリアによっても昔ながらのグレードのようなものがあり、○○に住んでいるという土地ごとで他者を判断する傾向も以前は非常に強かったものです。
最近は、そのような傾向も薄れてきましたが、今でも基本的には「京都人は京都が最高だと思っている」と言う点は、あまり変わらないように思います。このような傾向に関して言えば、どのような土地で生まれ育っているのかというポイントによって、プライドの強さなどが多少変化する点は、観察していても少し面白いところです。
あと。京都生まれ京都育ちの方でも、やはりこの土地が合わないといった方も少なくありません。このような方は、大学の前後で京都を離れ、そのまま他府県で生活を続けられるというケースが私の周りでは特に多かったように思います。
京都人であっても、京都人の気質が受け付けないという方もそれなりにいらっしゃるわけですね。

②よそ者に対して冷たい部分がある

最近よく言われることの一つが、京都人はよそ者に対して厳しい、あるいは冷たいよねという意見です。
これは、先ほどの“京都が一番”と繋がっている部分があるのですが、肩書、血脈、住んでいる土地などによって他者を評価する傾向があり、また、そのような独自文化を守るかのように、よそ者を排除しようとする傾向があります。このような要素はお持ちの人、そうでない人とで差が激しいように思いますが、基本的には「よそ者に対して排他的で冷たい部分がある」ことはある程度間違いのない実態でしょう。
ただ、これに関しては比較的「昔ながらのお家」で育った方や、そういった土地柄の所で育った人に特に顕著に見られる傾向ですので、京都人全体がよそ者に冷たいわけではない、ことは念の為にお伝えしておきたい所です。

③本音がわかりにくい所がある

京都人の一番難しいところを挙げるとすれば、それは本音と建前の区別がよその人にとってはとても分かりにくい、という部分だと思います。
京都人は基本的にプライドが高く、排他的で、よそものを嫌う傾向を持たれる方が“昔ながらの京都人”に多いとされます。このような傾向の方は、特に建前を強く押し出すので、正直なところ本音が分かりにくい所があります。
京都人独特の文化とも言えるようなものですから、他県の方からすれば「何を言いたいのかが分からない」となってしまうわけですね。つまり、本音が伝わりにくいのです。
そのため、何を考えているのかが分からないと思われてしまい、結果として敬遠される、嫌われてしまう、といった事が起きやすいのではないかと思います。

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